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アメリカ在住大学生が映画について熱く語っているブログ

映画 「ラ・ラ・ランド」から学ぶ人生:夢を叶えるために犠牲は必要なのか?

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©2016 Summit Entertainment

こんちくわ!Shygonです。

今回は批評家大絶賛のミュージカル映画

「ラ・ラ・ランド」

を熱く解説します!

2016年製作の本作は女優を夢みる女性とジャズを愛してやまないセバスチャンの恋愛映画です。2016年最高の映画と讃えられ、アカデミー賞では史上最多の14部門にノミネートされ、6部門受賞しました。

 

「ラ・ラ・ランド」が成し遂げた偉業一覧

 製作費30億の興行収入400億円弱

他のメジャー映画の製作費と比べて圧倒的に低予算の30億円弱に対し、世界中で合計400億円前後稼ぎ出しています。日本でも計44億円以上を稼ぎ出し、非常に話題になりました。

 アカデミー賞での大絶賛

第89回アカデミー賞では、これまでの最多タイの14部門ものノミネートを獲得しました。これまでに「タイタニック」などの3作しか成し得なかった偉業です。監督賞・主演女優賞・撮影賞・作曲賞・歌曲賞・美術賞と同年では最多6部門を獲得。

 鬼才デイミアン・チャゼル監督

本作で監督と脚本を務めたデイミアン・チャゼルは史上最年少で監督賞を受賞しています。一生かけても受賞が難しいと言われる監督賞で、史上最年少32歳での受賞という偉業を果たしました。2016年に製作された本作ですが、彼がまだ学生だった頃、2010年にすでに脚本を執筆していたのです。監督デイミアン・チャゼルがどれほどの変人なのか、語り始めるとキリがないのでこれくらいに。

 

キメ細やかな色使いと映画の進行

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©2016 Summit Entertainment

 映画の配色がとにかく綺麗

ミュージカル映画ということもあり、壮大で手のこんだセットに豪華でカラフルな衣装をまとい踊るダンサー。これを観ているうちにポカポカと気持ちよくなり、心地がよくなります。でも、気付かないうちにその感覚が徐々に薄れて行き、全く別のムードに移り変わるのです。つまり全体の色の志向が変化しているのです。

はじめのミアがパーティーに連れ出されるシーンでは赤、青、黄色、そして緑の衣装を着こなし、そのようなシーンがどんどん続いていました。でもそんなことは永くは続かないのです。

この色使いの変化こそがこの映画のテーマだと思います。個人的にこの色の変化には2つの要素が含まれています。いきなりミュージカルから勢いに乗って始まると同時に、色鮮やかな力強い衣装がスクリーン内を飛び回ります。2人が出会い恋に落ちたところまでその雰囲気で映画が進んでいくのですが、2人の中に亀裂が入り始めると同時に彼らの衣装含め様々な色が落ち着き始めるのです。

これが意味することは、彼らの心情の上げ下げと色の変化に関係があることが読み取れるということです。つまり色使いの変化こそが、この映画の進行を助長しているといっても過言ではないということ、これが1つ目の要素です。

 色と現実と理想の関係

冒頭のシーンに注目するとミアは女優を夢見てハリウッドにきた駆け出しの女優。セバスチャンは売れないジャスピアニストでした。お互い夢を語り合い、自信に満ち溢れなんでもうまくいくと思っていたのですが、現実を知り徐々にその情熱が薄れていくのです。それが意味することはミアの目線から物語が語られているのです。 

はじめのカラフルなハリウッドの世界はミアのようなハリウッドで活躍したいと思っている人たちのみが見る幻想であり、現実ではないのです。徐々に色が薄れていくということはミアが現実を直視し始める分岐点です。明るい色は人の喜びなどポジティブな感情を表すように、色が薄れていくことは気持ちが落ち込み現実を見始めることなのです。

 

撮影が重要な役割を果たしている!?

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©2016 Summit Entertainment

 緻密な撮影

実はこの映画の撮影はミュージカル映画特有の撮り方のもと撮られています。印象的な始まり方をする冒頭のシーンはロスアンゼルスの道のど真ん中でいきなり人々が踊りだし、楽しいノリでこの映画が始まっていきます。よく注目するとこのダンスシーンがあんなにムチャしたカメラワークになっているのに全くカットが切れていないのです。実際には最後につなぎ合わせて1カットに見せているようですが、1カットであの冒頭のミュージカルシーンを撮っているのです。

ミュージカル映画はなるべく多くの人をなるべく大きく映すのが肝となるので、従来のミュージカル映画で用いられていた同様の横長のカメラを使用しました。はじめの企業のロゴ紹介のときのカラフルなロゴCinemascopeがミュージカル映画を昔撮っていた時と同様のものです。CGができ映画産業に新しい風が吹き始め早40年弱経ち、この映画は決して前ばかりを見ていないということが重要なポイントになります。

本作は過去の風習、文化を尊重しつつ、新しいミュージカル映画を完成させているのです。過去の文化の尊重とはつまり過去作品へのオマージュで、いろいろな映画からインスピレーションを経て、実際にこの映画に取り込んでいます。

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©2016 Summit Entertainment

たとえば、1952年にジーンケリーが監督製作主演を務めた名作ミュージカル映画「雨に唄えば」です。はじめてミアとセバスチャンが丘の上でダンスを披露するシーンのときセバスチャンが踊り始める出だしが支柱に右手で捕まり振られるシーンは「雨に唄えば」の名作シーンを再現し、作品へのオマージュが込められています。さらに日本のメディアの質問に1966年の映画「東京流れ者」の影響も受けていると監督自身がインタビューで答えていました。

このように名作映画へのオマージュが撮影過程の中でされているのだ。他にも作品の元となったといわれている1977年のマーティンスコセッシ監督の「ニューヨーク・ニューヨーク」や「巴里のアメリカ人」など様々な映画の有名シーンを本作では再現しています。

 デカすぎる撮影セット

この映画実は全部セットを実際に作り込んで撮影しています。最近は大掛かりなセットを作らなくても編集時にCGで補い完成させてしまうことも可能です。さらにデジタル撮影が主流な現在にフィルムで撮影をしました。完全に時代の流れに真っ向から逆らっている訳は昔ながらの方法で撮るミュージカル映画を徹底的に追求したのです。

フィルム撮影こだわった一つの理由はデジタル撮影よりフィルム撮影の方がはるかに色の出方が鮮明だと言われています。カラフルな色鮮やかな映画を追求していた本作にとっては色が鮮明に出るフィルムは重要だったのです。

 

なぜミュージカルでなくてはならなかったのか!?

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©2016 Summit Entertainment

なぜ本作「ラ・ラ・ランド」はミュージカルでなければいけなかったのか。これはミュージカルという映画の分野に理由があったのです。ミュージカル映画とは本来新しい時代を先行する象徴的な分野でした。モノクロ映画からカラー映画の変換期に映画としての差別化を図るために、カラフルな色使い迫力のあるセットで人々を魅了していました。その壮大なインパクトや印象が人々の生活に浸透していったのでした。

ミュージカル映画は現実と理想を描くときに効果的です。ミュージカル映画ではキャラクターの妄想や過去の世界をミュージカルを通じて描くことができます。しかし、ふつうの映画で過去の記憶や想像の世界を描くとすると回想シーンとかを挿入することが多いです。でもそれは現在進行中のシーンをブッタきることが必要で、今の映画のムードをぶち壊さないといけません。「ラ・ラ・ランド」では印象的な最後のシーンのときピアノの演奏中二人は別のあったかもしれない未来を回想として頭の中で描いていました。あの世界は紛れもなくミアとセバスチャンだけの2人のあったかもしれない想像の世界であり、2人だけの妄想です。ミュージカルではこのような現実と夢の隔たりが極端に薄れて感じることができます。なので、ミュージカルの方が人間の頭の中を詳細に描きやすいということです。

そして最後は映画としてのロマンです。映画の中のロマンティックな話に感情を左右するダンスや、ノリのいい音楽、時には感情揺さぶる高音のきいた音楽が映画館いっぱいに流れるのです。それだけでおなか一杯になりそうであると思いませんかね!?

 

最後のシーンとメッセージとは!?

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©2016 Summit Entertainment

この映画実に単純ですが実に難しい。物語自体は純粋な恋愛物語で、多くの人が楽しめるような内容になってので完全に娯楽作品の部類だと思います。でも単純にそうは思いたくないんです。作品中に音楽や映画の専門知識がものすごく多くて監督のジャズ愛と映画愛をものすごく感じます。

例えば、はじめの方のシーンで名作映画「カサブランカ」について語る場面が何回かありました。そこで登場するメインキャラクターの俳優ハンフリー・ボガードの名前が会話に出てきたときセバスチャンはミアに「君のボガード君はどんな方なの?」と聞くシーンがあるように、映画を知っている人にはわかるような、あのような小さな小ネタがあの映画には散りばめられていました。なので、映画や音楽に精通している人はさらに本作「ラ・ラ・ランド」を数倍楽しむことができるのです。 

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©2016 Summit Entertainment

本作が観客に送るメッセージは

自分の夢を優先するのであれば、それに伴う何かを犠牲にしなければいけないということです。セバスチャンはツアーで世界を飛び回るようになり、ミアはやっとパリで女優活動に本腰を入れて取り組むようにできるようになりました。しかし、あの映画はなにも語ることなく5年後になり、二人が決別していることがわかるのです。そして、久しぶりに再会したクラブでは二人で作った思い出の曲の中であったかもしれない夢の幻想を描き最後になにも語ることなく去っていくのです。

最後ミアが大成功したセバスチャンのバーに訪れたとき、2人の思い出の曲を共有するのであった。2人だけが共有するあったかもれない未来を妄想してみたのだ。が、終わった頃にはもう二人は気付いていた。

もう二度と二人でまた幸せな家庭を築くことなどできない

と。そして、これからはお互い違うパートナーと運命を共にしていくと決めたのである。最後の二人が向き合うシーンにはそんな意味合いが込められていたのであると思う。あの二人が語るように、

 

愛がほしいなら成功を捨てなければいけない。

逆に成功が欲しいなら愛をすてなければならないということです。これは紛れもなく大人の恋愛であり、彼らの仕事と生活の調整の葛藤を描いています。日本では映画ドラマなどでよく見るすべてを捨て恋愛を選びハッピーエンドというものがあるが、現実は甘いことなど起きないのだという監督からの強いメッセージなのです。

ハリウッドで絶賛された理由の根底には彼らもおなじような体験を少なからずしているということです。これは監督自身の自伝的な要素が含まれているといわれていますが、いま表舞台で活躍している彼らにも通ずることがあり、彼らの自身の経験に近いものにこの映画はなっているのかもしれません。

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©2016 Summit Entertainment

パズルに例えると本編128分だけではこのパズル映画完成しないのです。ざっと85%しか埋まりません。あとの15%は見る人が埋める映画になっているのだと思います。じつはその15%何を入れても当てはまるピースなのです。一部の批評家が本作について2人が別れた理由がしっかりと描かれていないという観点から本作を批判していましたが、それは2人が別れた要因がしっかりと記されていないからです。でもこれは監督があえてしたことだと個人的には思います。本作をあえて未完成な状態だったのは観客自身が自身の経験と重ね合わせて、完成させようとしているのではないかと思わされます。人との別れというのは人それぞれでさまざまな理由があるので、あえて本作を一組のカップルの話だけにせず、あえて語らない部分こそがこの映画の魅力を最大限に引き出しているのかもしれません。

最後に本作のミュージカル映画として最も革新的な部分は従来の名作ミュージカル映画への尊敬を示していると同時に、ミュージカルとしても新しい部分も垣間見れるのです。例えば、本作はミュージカル映画には割と珍しいバットエンドで、従来の映画は映画会社の意向がほとんどですが、最後ヒロインが別れるといったような映画はものすごく少ないことです。

しかし、この映画は最後別れて終わります。ここがの魅力でありこの映画二人が別の道を行くということにマイナスの印象を与えていないんですよね。恋愛映画という観点から見るとこの映画はバッドエンドですが、違う人生を歩むということが彼からからしたら悪いことではないということなのです。この映画は大人の恋愛映画ですが、同時に彼らが日々悩む愛と仕事の両立をミュージカルという切り口から非常に巧妙に描いているのです。

僕自身映画をいうものはさまざまな捉え方があり、十人十色であると思っています。それに決して正解などなくそれが一つの映画の魅力であると同時に思います。これを見て自分なりに「ラ・ラ・ランド」という映画を今一度考えなおしていただけたらと思います。

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びぇ!